私は、7年前の秋に大切な人を交通事故で亡くした。ダンプカーを運転していた加害者側に一方的な過失があった。決して許すことはできない。かの人の死は、強制的で不条理な死であり、殺されたのに他ならないのだ。
穏やかならぬ書き出しで恐縮だが、さて、私のように戦争を体験していない世代が史料でそれを知ろうとする場合、どんなに非人道的な殺戮が行なわれたか、国家の利己主義が世界情勢にどれほどの悪影響を及ぼしたか、何人死んだか等々、とかく被害の規模の大きさで理解しようとする。が、実際に体験した人が戦争を語るとき、「夫が、息子が、幼なじみの○○君が戦死した」、「空襲で家族を失った」、「全てを焼かれた」…と、一個人である“私”からいかに大切なものを奪い去っていったか、それが戦争だと言う。戦争を繰り返してはならないのは、他の事件事故に比べて被害の規模が大きいからなのか、それとも、被害の大小に関わらず、“私”が大切なものを失うからなのか。
戦争がもたらす被害の規模とは比べられないが、地方版で小さく触れられただけのかの交通事故も、この私にとっては十分に「戦争」だった。
私がオーケストラのトランペット奏者として『レニングラード』交響曲に接するとき、最も目を引かれるのが、金管群が2組もオーケストレーションされていることである。このような編成を作曲者が要求している曲は、この『レニングラード』以外に私は知らない。本日の演目の『葬送と勝利の前奏曲』などに見られるような、華々しい効果を上げるためにファンファーレ部隊として編成されたバンダ(「バンド(合奏団)」のイタリア語。舞台外に置かれる合奏グループ)とは全く異質の、“舞台上の第2金管群”である。ショスタコーヴィチの音楽はどれも大きな音がするが、特にこの『レニングラード』は、作曲者がとりわけ意識して大音響を求めているように感じていた。この曲の初演に際し、作曲者自らがプログラムにこう書いている。──
大砲が鳴ると、音楽は沈黙する。しかし、この交響曲では、音楽が大砲とともに鳴り渡る。
「およそ音楽は平穏な環境で奏でられるべきものだが、この交響曲は、戦下で鳴り響いてこそ意義がある」ということだろうか。ショスタコーヴィチは、今日でも敬遠する人が多い作曲家だと思う。確かに、凶暴とも言える彼の破壊的なフォルテッシモは、特に今流行の“癒し系”からは程遠い音楽だと思う。でも、“癒し系”と呼ばれる音楽──それは静かで、優しい響きがして、テンポが緩やかでメロディーも美しい──は、正確には「癒された結果を表現した音楽」であって、「今まさにストレスを溜めて心がトゲトゲしくなってしまっている人を癒す効果のある音楽」とは必ずしも一致しないのではないだろうか。(決して“癒し系”を批判しているのではない。私も“癒し系”は大好きだ。最近はウーアの『みずいろ』にはまっている。)「他人の不幸は蜜の味」といういささか不健全な言葉があるが、他人の泣きわめく姿、他人も自分と同じ苦しみを味わっていると感じることで癒されるというのも、人間のありのままの性(さが)だと思う。アドバイスを求めるなら、苦しみの克服に成功した人を訪ねるのがよかろう。でも、ささくれだった心を癒してくれるのは、今まさに自分と同じ苦しみのまっ只中にいる他者の存在なのだ。ショスタコーヴィチの多くの作品は、発表の度に聴衆から熱狂的な拍手で受け入れられた。それは、彼の音楽が、舞台の上で泣きわめき、怒り狂い、「私もあなた方と同じ苦しみを味わってるんだ」と、“平凡な一市民”の苦しむ姿をありのままにさらけ出すからではないだろうか。
最近、北朝鮮にはいかに自由が無いかという報道をよく耳にするが、ふと、かの交通事故のことを思い起こした。私の場合、怒りや悲しみを率直に語れる場があったし、加害者も第三者もそれを聞き、理解してくれた。でも、今の北朝鮮や当時のソ連、ナチス=ドイツ、そして戦時中の日本では、大切な人が死んでも、それが「名誉の戦死」だったと伝えられれば、御国に奉公できたことを誇りに思わなければならなかったし、「裏切り者の処刑」に該当する場合なら、堕落しかけた親族を清めてくれたことを喜び、体制の秩序が維持されたことを国家に感謝しなければならず、泣くことができないのはもちろん、自分も同罪とされないために、処刑された肉親を公然と誹謗し、そのなきがらを辱めなければならなかったのだ
「私の第7交響曲が『レニングラード』と呼ばれることに抵抗感はない。(『レニングラード』は作曲者自身の命名ではなく、ベートーヴェンの『運命』のように、他人がつけたニックネームである。)しかし、それは、ヒトラーの攻撃を受けたレニングラードではなく、すでにスターリンによって破壊されつつあったレニングラードだ。ヒトラーは仕上げをしたに過ぎない」とショスタコーヴィチが語ったとされている。この発言の真偽については専門家の間で議論があるようだが、とにかく、ドイツ軍の攻撃によって多くの犠牲者が出る以前から、レニングラード市民は、ソ連当局によって最愛の人が連行され、しかも涙することは許されず、沈黙を強いられていたことは事実なのである。そして、ショスタコーヴィチもまた、親戚や親友が粛清され、泣くことのできなかった一レニングラード市民だったのだ(ショスタコーヴィチが後に語ったところによると、「私たちは涙を見せてはならなかった。夜中にこっそり、シーツの中で声を押し殺してむせび泣くしかなかった」らしい)。
だからこそショスタコーヴィチは、「大砲が鳴る」度に、自分の音楽の中で、大声で泣き、怒り狂ったのかも知れない。彼は、「私の交響曲の多くは、ファシズムの犠牲者のための“墓標”だ」とも言った。そして、その墓標のうちの1基、この『レニングラード』交響曲に関して彼が言った「大砲」とは、ヒトラーの侵略行為のみを指しているのではなく、彼の他の交響曲で扱われたテーマと同様、広く「一市民の平和な生活を破壊するもの」全般を指し、まさにそれを「ファシズム」と呼んだのだと思う。
そして、私もトランペットで思う存分怒り狂うつもりだ。世の不良ドライバーどもに対して。こういう演奏の姿勢は、一人よがりで、聴衆の皆様や作曲者に、そして他のメンバーにも失礼に当たるのかも知れない。かといって、この曲の譜面を前にして冷静でいることもできない。私にとっては、「鈍い衝突音とともに鳴り渡る交響曲」なのだ。未熟な私が、今回この交響曲に取り組んだことで、かの交通事故を前向きに整理する方向に向かうことができればと思う。そして、御来場の皆様にとって、本日の私たちの演奏が未解決の苦しみを乗り越える際の何かのステップになれば、オケマン冥利に尽きるというものである。客席の皆様も舞台上の私たちも、そしてこの曲の作曲者も、泣きわめいたり怒り狂ったりする普通の人間なのだ。
以下、全曲を概観しておきたい。なお、各楽章に《 》で添えたタイトルは、作曲者が一度は付けようとしたが結局は廃案にしたものである。おそらく、この交響曲のテーマがヒトラーとの戦争に限定して聴かれることを懸念したのだろう。
以上のことをお断りした上で、皆様──特にこの曲を初めて聴かれる方々──がこの交響曲と接する際の一つの参考として、作曲者が最終的には削除した楽章タイトルも添付しようと思う。また、以下の記述は、あくまでも私の個人的な理解であって、決してこの交響曲の学問的な分析ではない。「こういう聴き方もあるのか」程度に斜め読みして頂いて、あとは御自分の想像力をフル稼働しつつ、演奏中はなるべくこの冊子は閉じて、演奏に、“音”に耳を傾けて頂ければと思う。
第1楽章《戦争》:
冒頭から「人間のテーマ」と呼ばれる力強いテーマが提示され、続いて穏やかな「平和な生活のテーマ」が現れる。どこからともなく小太鼓の軍隊行進のリズムが聞こえてきて、「戦争のテーマ」あるいは「侵略のテーマ」と名付けられた、比較的親しみやすい旋律が示される。このテーマは、何度も何度も繰り返され、次第に凶暴化し、やがて「侵略」の本性が牙を剥く。第2金管群も加わり、音楽は凶暴の限りを尽くし、その頂点で、冒頭であれほど生き生きと歌われた「人間のテーマ」が、掻きむしられるような悲劇性をまとって号泣の叫びを挙げる。この辺りの音楽は、金管の怒号も、弦や木管の悲鳴も、打楽器による砲弾の炸裂音も、決して単なる戦闘シーンの描写音楽ではない。あくまでも泣き叫ぶ人の心の中をえぐり出しているように聞こえる。音楽が静まっても、心の放浪は続く。円満だったはずの「生活のテーマ」も、ファゴットの呟くようなソロで、孤独と絶望のすすり泣きに変わり果てている。その後、「人間のテーマ」と「生活のテーマ」が順番に再現されるが、小太鼓のリズムを伴った「戦争のテーマ」もまた不気味にくすぶりながら、唐突に楽章を終える。
第2楽章《回想》:
どこか寂しいメロディー(A)がヴァイオリンに現れ、やはり哀愁を帯びた別のメロディー(B)をオーボエが歌う。第1楽章で破壊された平凡な幸せを思い起こしているようである。Aが繰り返されると、突然速い3拍子になって、子供が泣きじゃくるように高音のクラリネットが金切り声を挙げる(C)。やがて、子供が怯えていたのはコレだったのかというように、金管を中心とした軍隊行進曲(D)が姿を現す。3拍子のCと2拍子のDがもつれ合いながら互いに足を引っ張るように静まると、再び最初のテンポに戻ってA−B−Aと再現される。が、前半に比べて一層寂しさが増して、最後は意識が薄れゆくようにメロディーがとぎれとぎれになって消える。
第3楽章《祖国の大地》:
オルガンのような響きで始まるこの楽章は、誰が聴いても祈りの音楽だと思えるような美しい楽章である。が、それは教会に設置されたパイプオルガンのように温かい響きはせず、また、毎週日曜日に近所の教会に出掛けて捧げる日課的な祈りではなく、瓦礫の下から掘り出してきたようなオルガンをにわかに据えて、何かに突き動かされるような、もう祈る以外に心が救われる道はないような、内面からほとばしり出た祈りである。オルガンの響きに続いて、人間に恵みをもたらし、どんなことでもしっかりと受け止めてくれる母なる大地への敬虔な信仰が、ヴァイオリンの奏でる古いロシアの歌に乗せて語られる。以上の「大地への祈り」の部分が繰り返されると、今度はフルートが素朴な歌を歌う。ところが、この楽章は単なる間奏的な緩徐楽章には終わらない。「祈り」が弦楽器で静かに再現されると、わずかな間に感情が高ぶり、突進するようなリズムに乗って、ヴァイオリンが悲痛なエレジーを歌い始める。第2金管群も加わって、突進のリズムとエレジーは互いに姿を変えながら激しさを増し、クライマックスに達すると、シンバルの一撃に導かれて両金管群が「大地への祈り」を最強奏で響かせる。これが静まると、前半の緩徐楽章の部分が回帰し、ドラとティンパニによる地震の前触れのような不気味なゴングを経て、切れ目なく最終楽章『勝利』に続く。
第4楽章《勝利》:
前楽章からのティンパニの地響きに乗って、弦楽器が、後に現れる各旋律の断片を素材にした序奏を開始する。オーボエとホルンが、「タタタター」という信号を交換し合うが、これは、“V”、つまり「Victory (勝利)」のモールス信号だとも言われる(当時のイギリス首相のチャーチルが、ヒトラーに対する勝利を誓う演説の中で、指でVサインを示したことが「V=勝利」のルーツだと言われている)。やがて、平和な生活への侵略に対して市民が徹底抗戦を決意したかのように、決然としたメインテーマが弦楽器に現れ、少しずつ力を増しながら展開してゆく。第1金管群の邪悪な侵略に対して、第2金管群が小太鼓とともに「Vサイン」の連射で反撃すると、やがて第1金管群にも「Vサイン」は及び、オーケストラ全体で楽章前半のクライマックスに至る。木管とホルンが、不協和音を効果的に使った美しいハーモニーで、楽章冒頭の序奏で扱われた素材を生き生きと提示する。急速に音楽が静まると、テンポを落とし、依然悲壮感をまといつつも比較的ゆるやかな音楽が続く。やがて、ゆるやかな3拍子のまま、前半の「市民の抗戦のテーマ」が変形されてヴァイオリンに再現される。「Vサイン」の呼応も挟みながら、変形された「抗戦のテーマ」は敬虔な祈りのように力を増し、音楽は信仰を深めてゆく。それは、極限の悲痛の中で悟りを開いたような、涙を涸らして最愛の人のなきがらに手を合わせるような、そんな張りつめた祈りである。あちこちで手を合わせる人々を束ねるようにホルンが悲壮な賛美歌を歌うと、いよいよ長大な交響曲は終極を迎える。第1金管群が「市民の抗戦のテーマ」をファンファーレのように響かせると、第2金管群を中心に、交響曲冒頭の「人間のテーマ」を高らかに宣言する。そして最後は、圧倒的な「Vサイン」の連呼をバックに、「抗戦のテーマ」が力強く打ち込まれ、市民の平和な生活が守り抜かれること──決してドイツ軍に対するソ連の勝利とは関係なく──を宣言して、大砲と刺し違えるように交響曲は鳴りやむ。
『レニングラード』1st.Tp奏者