映画『馬虻』の音楽による組曲 作品97a
(L.アトヴミャーン編)


 自慢じゃないが、いままで生きてきた中でプログラムに文章を書くのは初めてだし、それがショスタキスト満載のダスビの曲目紹介なんて。しかもわたくしマニアックな方々と違って普通の団員なんです。選曲の後で曲名表記を決める時だって、「こだわりがあるのもわかるんですけど、雑誌への投稿締切日があるので早く決めてください。」なんて言っているくらいですから。こんな私が書く曲目紹介は、初心者向けかもしれません。ダスビ特有のマニアックな曲目紹介を期待してきた方は本当にごめんなさい。次にご期待くださいませ。

 とは言っても、ちょっとだけ書いて見ますと『馬虻』は皆さまご存知のとおり映画音楽でありまして、原作は19世紀後半のイギリスの作家である、E.L.ヴォイニッチの1840年のオーストリア支配下にあるイタリアを舞台にした小説に基づく作品であります。日本語訳は講談社文庫から「あぶ」という題名で出版されていましたが、現在は絶版になっております。

 『馬虻』というのは、針のように鋭く刺すという伝説をもつ革命指導者である主人公のニックネームから来ています。彼は枢機卿(カーディナル:ローマ=カトリック教会における教皇に次ぐ聖職位)の私生児として生まれ、国家と教会との間で起こったイタリア内紛の中で、捕えられて狙撃隊に銃撃されるという最期を遂げます。この歴史的冒険物語はファインツィンメル監督の下に映画化、1955年4月12日に、ショスタコーヴィチが音楽を担当した映画の多くが上映されたレンフィルムという映画館にて上映開始、国民の圧倒的支持を得ます。この映画のためにショスタコーヴィチが書いた音楽の中からレオン・アトヴミャーンがまとめたものが、今回演奏される組曲です。彼は『馬虻』以外にも『マキシム3部作』やバレエ音楽『お嬢さんとならずもの』、『4つのワルツ』などの数多くのショスタコーヴィチ作品をコンサート用に編集しています。

1.前奏曲:Увертюра
 みんなで崇高で高貴なメロディ(ちょっと言いすぎ?)を演奏するあたりが、いかにもショスタコーヴィチの音楽らしさである。そしていかにも何か出てきそうな前ふりの旋律が、ただ形を変えて繰り返されるだけなのだが、日本人がいかにも好きそうなジャンルのドラマの主題のようであるところが妙に共感の持てるところである。どんなジャンルについてかは、ここでは深く追求しないことにしておく。

2.コントルダンス:Контрданс
 弦楽器のアンサンブルの上に、ヴァイオリンの美しいメロディがゆったりと奏でられ、ショスタコーヴィチらしいちょっと皮肉っぽいワルツ風の中間部を挟んで最初の弦楽にもどっていくという、内紛の起こる前の何事もない、穏やかで平和な生活を思い起こさせる曲である。それもそのはずで、コントルダンスと言うのは、英語で言えばカントリーダンス。直訳すれば田舎風の舞曲という意味だからである。18世紀頃に流行した舞曲形式だが、これと言って特徴のないためか親しみ易いが、ワルツやマズルカなんかに比べるとそれほど有名にはならなかったようだ。けれども有名でもそうでなくても、美しいものは美しく、優しいものは優しい。そんな想いにさせられる曲である。

3.民衆の祭日:Народный праздник
 クラリネットから始まる木管楽器の軽快なメロディと、弦楽器のゆったりとした旋律が交互に繰り返され、次第に両者が入れ替わっていくことにより、イタリアの祝日の印象をロシア風に表現している。これはまさに走り出したら止められない常動曲である。

4.間奏:Интерлюдия
 弦楽器の、それもヴィオラとチェロという中音域によってはじまった暗く物悲しく憂鬱な音楽を、その後弦楽器全員で一緒に同じ旋律を同じ音で奏でる。このユニゾンの形式もまた、いかにもショスタコーヴィチ音楽の特徴をよく表したものである。

5.ワルツ「手廻しオルガン」:Вальс>Yарманка
 三拍子の軽快なワルツのリズムに乗って、ピッコロとオーボエからヴァイオリンへメロディが受け継がれ、最後はピッコロとフルートとオーボエにメロディが戻ってくる。子供のようにあどけなく無邪気なメロディは、親しみやすく聞いているだけで楽しくなってくる。

6.ギャロップ:Галоп
 ギャロップというのは、音楽用語で非常に早い二拍子の舞曲という、ハンガリーが語源の言葉である。また、馬の駆け足のこともギャロップと呼ぶ。けれども、この『ギャロップ』はテンポが早いと言うよりは、様々なメロディが入れ替わり立ち代りヴァリエーションを変えながら軽快に駆け抜けていく、そんな感じの曲である。ショスタコーヴィチの他の曲によくあるような、猛烈に早いギャロップを想像されていた方には、ちょっと異質に感じるかもしれない。けれども常に新しいことを考えているショスタコーヴィチらしいといえばそんな気もする。皆様は、どのように思われますか?

7.序奏:Вступление
 ハープの美しい伴奏に乗せて、3本のアルトサックスが旋律を奏でる。ソプラノサックスとアルトサックスとテナーサックスではない。3本ともアルトサックスなのである。ここがショスタコーヴィチの素晴らしさである。他の人の考えなさそうなことを思いついて書いてしまうなんて。そして中間部のパッサカリア(一定形式の通奏低音の上に展開したメロディが連続した変奏を展開する)形式に続く珍しいサキソフォーンのトリオを、是非ともお楽しみいただければと思う。

8.ロマンス:Романс
 とにかくコンサートマスターによる美しいヴァイオリンソロを思う存分楽しんでいただきたい。テレビドラマにも使われた甘く切ない旋律を持つこの曲は組曲の中でも有名な曲であり、叙情的な中間部を挟んで、最後にはヴァイオリンソロが弦楽全体のユニゾンにより展開されて曲が終わる。

9.間奏曲:Интермеццо
 弦楽5部によるアンサンブルに、フルートとオーボエ、クラリネットの木管楽器のメロディが交互に現れながら次第に曲は盛り上がり劇的な盛り上がりを見せる。しかし最後には再び弦楽合奏に戻り、次第に静かに消えるようになくなっていく。

10.夜想曲:Ноктюрн
 『白鳥の湖』などでも有名なチャイコフスキーのバレエ音楽を思わせるような、ロマンティックで流れるように美しいチェロの独奏に導かれて、やがて中間部で弦楽合奏へと展開し、最後はチェロの独奏に戻って甘く切なく静かに終わりをむかえる。

11.情景:Сцена
 最初の4小節間だけで、これから先に起こるであろう不安な出来事を予感させ、短い曲ながら非常に高度なオーケストレーションを展開している。この曲も前の『夜想曲』に続きチャイコフスキーのバレエ音楽を思い出させるようであり、聴いたことがなくても何処かで聴いたことがあるのではないかと思わせるようで、日本人にはなじみやすい曲なのではないだろうか。少なくとも私はそう思っている。

12.終曲:Финал
 華々しい打楽器と何度も繰り返される金管楽器により盛り上がりをみせ、行進曲風の出だしに続いて、「序曲」が凝縮して現れて、最後のクライマックスに到達する。この曲こそ最後にふさわしく、金管楽器の執拗なテーマや急速な弦楽器の刻み、そしてメロディをユニゾンで演奏するところなど、ショスタコーヴィチの特徴がより強く現れている曲である。

 『馬虻』は、テレビドラマのほかにも、最近では吹奏楽版のアレンジも出版され、吹奏楽コンクールなどでも演奏される機会の多いことから有名になった組曲です。もとは映画音楽だから一つ一つのシーンを思い浮かべながらなんて楽しみ方もあるとは思いますが、それは人それぞれで、私なんかは組曲は短くて色々な曲が入ったおもちゃ箱なんだから、もっと自由に純粋に、聴いてみてどの曲がよかったか、楽しかったか好きだったかを感じていただければ、それで良いのではないかなと思っています。今日ここでどんな思いで演奏を聴きに来て頂いているかは様々だと思いますが、おもちゃ箱の中から一つでもお気に入りを見つけていただけたら、それはとても幸せなことだと思います。

(はしたにくん)


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