ヤンキー作曲家が見たロシア革命
オーケストラ・ダスビダーニャ団長 白川悟志



 さて、今回のダスビダーニャの演目は、ショスタコーヴィチ作品の中でも最も珍しいと言っていいでしょう。曲のタイトルが示すとおり、例によって革命モノです。ショスタコーヴィチの革命モノは、「表向きは革命讃美。が、裏では体制批判」という、いわゆる《二重言語》と呼ばれる彼独特の手法によって反対の意味を持たされているということが多いですが、今回の2つの交響曲は、彼がまだスターリンの恐怖政治を知らない頃の作品で、素直に社会主義革命を讃えています。

 ドミトリー・ショスタコーヴィチが11歳のときにロシア革命は起こりました。革命は、「皇帝や貴族が労働者から搾取するという帝政ロシアの社会構造を破壊し、労働者が絶対的な権力を持つ政治体制を樹立し、世界中の労働者に自由をもたらそう」という旗印の下に遂行され、帝政下では牛馬のような生活を強いられていた労働者たちは、この革命が、自由で豊かな生活をもたらしてくれると信じていました。そんな時代に、ショスタコーヴィチ少年は思春期を過ごしました。

 弱冠19歳で第1交響曲を発表し、大成功を収めた彼は、その後2年毎に交響曲第2番「十月革命に捧ぐ」(革命10周年を記念する政府からの委嘱作品)と第3番「最初のメーデーの日に」(←ダスビのオリジナル曲名表記!)を発表しました。その頃は「革命のおかげで僕らは自由を手に入れた。さあ、どんどん斬新な芸術を創り出すぞ!」とソ連の芸術界が最も輝いていた《ロシア・アバンギャルド》の時代で、デビューしたてのショスタコーヴィチも例にもれず、これら2つの交響曲は若くはじけた野心、時代の最先端を行く大胆な《実験》に満ちています。

 第2番には作曲者が言う《ウルトラ対位法(←このネーミングからして若い)》が出てきます。これは、オーケストラが27声部にも分かれて各々が全然ちがう動きをします。そのウルトラ級のすごさを少しでも知って頂くにはこう言えばいいでしょうか。「三重奏」とか「四重奏」という言葉をよく耳にしますが、つまり、どんなに大編成の曲でもその音楽を構成する《声部》の数はせいぜい1桁です。言い換えると、「27重奏」なんて聞いたことないでしょ?カラオケで、27人もでみんながちがう音を歌ってハモったりしませんよね?とにかくすごい!27台のCDプレーヤーを並べてちがう曲を同時に聞いてるような…、いや、そんな単純な騒音ではなく、やはり実際に生で聴いて頂かなければ分からないサウンドの百花繚乱…。(ああ、私も客席で聴きたい)。この曲の《実験》はさらに続きます。なんと《工場のサイレン》が楽器として使われます。そして、その《サイレン》に導かれて現れる合唱は、とても和声的なのですが、他には類を見ない不思議な美しさを持っており、最後は、シュプレヒコールをあげます。

 第2番がサウンドの限界への挑戦だとすると、第3番のほうは、交響曲の構成についての常識破壊です。この交響曲には最後まで《メインテーマ》が現れません。ひたすらテーマの断片だけが並べられます。まるで、プラモデルの部品を並べられて、「これでどんなものが出来上がるか、なんとなく想像できるでしょ」とヤンキーなドミトリー君にからかわれてるみたいです。また、テーマの断片だけを羅列することによって、労働者の祭典、メーデーの賑わい──物売りの威勢のいい声、大道芸人たちの賑やかな出し物、子供の鼓笛隊のマーチ…──をとてもリアルに描写しています。そして、第2番と同様、この曲も堂々たる合唱によって結ばれます。

 このように、みなぎる創作意欲全開で活動していた芸術家たちに対して、ソヴィエト政府は思いもよらない行動に出ました。「おいおい芸術家諸君、君らの仕事は芸術作品によって社会主義をPRすることなんだから、もっと労働者に解りやすい作品を作りなさい。作曲家諸君には、以後、不協和音や♯・♭の多用を禁止し、ロシア民謡の使用を義務づける」的な取り締まりを開始、強化し、ついには、最高指導者スターリンが直々にショスタコーヴィチを名指しで批判するに至りました。ヤンキー作曲家、ショスタコーヴィチ30歳にして更生を迫られ、以後《二重言語》手法を編み出していきます。

 月日は流れ、十月革命50周年に当たる年、優等生を演じるドミトリー61歳。例によって記念行事のための大作を委嘱(命令?)されたものの、やる気がなかったのか、発表された作品は15分足らずの純管弦楽曲でした。が、作曲の経緯には何か暗示的なものを感じます。彼は、ひょんなことから、若い頃に自分が音楽を担当しながら公開に至らなかった革命モノ映画の試写会に出席し、数十年振りに自分の映画音楽と再会しますが、その時彼はそれに触発されたかのようにその場で五線紙に向かったそうです。曲の第2テーマとしてクラリネットに現れる勇ましくも物悲しいメロディーがその映画の為に作った曲の1つです。全体の雰囲気も非常にパワフルで、どこか哀愁を帯びていて、まるで悲しい人生をもたらす原因となった「十月」と呼ばれる祖国への異変への万感を歌っているようです。

 今回も、前回に引き続きコール・ダスビダーニャが活躍します。また、シーズン最初の練習の度に「今回はどんな音を用意してくるのか楽しみだ」とおっしゃるマエストロ長田、若かりしドミトリーのヤンキーな《実験》を成功させられるか!(って、他人事じゃない)。
 平成14年2月11日(月・祝)東京芸術劇場にて、ぜひ実験結果を御覧下さい。