Light 「もう少しで街に着くぞー」  マーニャがのびをしながら言った。 「今日もお疲れ様々ですな」  ご老体トリオ(?)が言う。 「あ、アレブっ!」  アリーナが甲高い声で叫んだ。アレブにはもう意識などなかった。自分を呼ぶ、なつかしいあの女の子の声が聞こえたのを最後に……。 アレブは、体中にはしる痛みに起こされた。目が開けられない。立てない。手が動かない。体が鉛のように重い。 「勇者よ……」  誰かが呼んでいる。聞いたことのない声がアレブを呼んでいる。返事をしようとしても、言葉がのどにつまったような感じがして、声になってくれない。一体何が起こったのだろうか。そしてまた、意識が途切れた。 「あなたはシンシアのためにだけ戦っているの?」 アレブがシンシアそっくりの女の子をみつけた時にアリーナが言った言葉だ。「あなたは、憎しみだけで戦っているわ。モンスターの対する怒りだけで戦っているわ。忘れなさい。そんな女なんて。少なくとも世界のために戦っているのならね!」  二人が会って、「仲間」になった日から三日くらいしか経っていなかった。アレブはアリーナの性格をクリフトから聞いていたので、そのうち何か言われるとは思っていたが、ここまで言われるとは思っていなかった。確かに自分は、シンシアのためにも戦っていたかもしれない。だけど…… 「女のために戦うのなら、私はこのパーティから外れるわ。言い訳なんて聞きたくないからね!」  反論する間もなかった。アリーナはくるりと背を向けると、アレブが行こうとする方向と逆の方向に向かっていった。  そして、その姿が自分になり……そして  アレブの目にはしっかりと焼き付いた。槍が刺さり、炎をかぶり……一本の黄色いリボンが舞い落ちた。叫び……歓声……あの日の光景か……。 「そんなにあの娘が好きだったのか」  声がしじまに響く。そして実体が現れる。 「……ドラゴン……?」 「今、シンシアは天空界にいる」  そのドラゴンはゆっくりと話し出した。 「天空界? それはどこなんだ!」 「そのうち、お前たちは来ることになる。天空界にな……太古の昔、人間の賢者にあんな予言をさせたのは私だ。私には全てわかっていた。魔王の王が何らかの理由で人間界、そして天空界を滅ぼそうとする日が来ることも」 「じゃぁ、お前がシンシアを……!」  アレブは叫んだ。 「シンシアは死んではいない」 「え?」 「ただし、人間としてではない」  ドラゴンはゆっくりと消えていく。 「ま……っ、待ってくれっ! どういうことなんだ!」 「そのうちわかる」 「何がそのうちだっ!」  アレブの顔は怒りと憎しみに支配されていた。 「そう、私の名はマスタードラゴン。また会うであろう。次は現実の中で」 「卑怯だぞ!」  しじまにアレブの声が響く。だが、応えるものはいない。 「応えろよっ! マスタードラゴンとやらよっ!」  アレブは一人しじまに残された。  孤独……誰もいない  沈黙……何も聞こえない  暗闇……何も見えない    ……シンシアのためだめに戦っているの?    ……シンシアは死んではいない。  この2つの文章が頭に響く。頭が痛い。  このまま一人でうずくまっていろというのか……解放してくれっ! この闇から!  ……光を信じなさい 「きゃっ」  突然、占い師の水晶玉が大きな音をたてて割れた。 「もしや、あなたは伝説の勇者……。私達はあなたを探していました」 「探していた?」 「ええ、この世界が闇に没する前に、八人が力を合わせて魔王を倒す必要があります」 「八人?」  アレブは聞き返した。 「そうです。八にんです。その八人は光によって導かれるはず。私の水晶玉はそう残して大破してしまいました。私の名はミネア。姉のマーニャはそろそろ戻ってくると思うのですが……」  ミネアはアレブの顔を見た。 「疑っているのですか? 大丈夫です。光を信じなさい」  ここには光などない。いつここから出れるんだ。光を見たい。誰かに会いたい。声が聞きたい。  無駄とも思える時間が過ぎていく。感覚さえない世界。 「アレブ……」  彼を呼ぶ声がした。かすかだが、彼はかっきりとその声を聞き分けた。 「シンシアっ! どこにいるんだ!」 「私はここにいるわ。いつでもあなたと一緒よ。それなのにどうして私の名を遠くへ呼びかけるの?」  アレブはその声がまるで自分自身のからだから発せられているように感じた。 「ほら、ここよ」  アレブの手が胸にあてられる。 「どういうことだよっ! シンシア……」 「私はあなたが生きているかぎり、あなたの心の中で生きているわ。だから、いつも一緒よ。どこへ行っても」 「じゃぁ、マスタードラゴンとかいう奴が言っていたことは……?」 「人間ではない私を見るときがくれば、それはまたあなたが本当のことを知る時。そのうちわかるわ」 「ごまかすなよ、水くさい。」 「人間としての記憶を持つ私はいつでもあなたと一緒。これでいいでしょう。これ以上はどんなにあがいたって近づけない……近づけられない。わかってアレブ。全てがわかる日まで……。」  悲しそうな声。今にも泣きそうな……。 「今、このことを話してしまったら、人間としての記憶を、ここにいたことさえも、消されてしまうの。私は所詮あなたとは格の違う者……」  アレブはこくりとうなずいた。  ……天空界、そして、天空人。彼らはいつかこの二つの存在を知らなければならない…… 「光を信じて、どこまでも歩いていってね。光が全てを導くの。わかった……?」  それから、すっと、シンシアの声は聞こえてこなかった……。  チチ……小鳥の鳴き声がする。アレブはゆっくりと目を開けた。光がまぶしい。静かな寝息が聞こえた。誰だろうと思って寝返りをして寝息がする方を向くと同時に寝息の主が顔を上げた。 「よかった……。三日間も起きなかったんで……」 「えっうそっ、そんなに……!」 「驚いたのはこっちの方ですよ」  クリフトは苦笑いした。 「じゃ……倒れた時から……ずっとみててくれたわけぇ……?」 「そうですよ。あ、今みんなを呼んできます」  クリフトがドアのノブに手をかけた。 「あ、待って。僕が……」 「いいえ、もう少しゆっくりしてて下さい。かなりうなされてたみたいですし」  図星をさされてあせるアレブ。  アレブは、クリフトが出ていくのを見ながらふと思った。 (彼らが光なのかも知れない……僕をどこまでも導いてくれる……)