make angel 〜chapter 2〜  特にこれといってやることもなかったし、ファーラもここにいればいい、というので言葉に甘えて、ファーラの家に居候させてもらうことになった。  ユウミは、たくさんのことを覚えていた。ファーラやぼくのやることを真似してみようとする。  一日で人間の数年分くらい成長する。ファーラによると、みかけ10歳くらいまで一気に成長し、その後は、1年で数年分成長していくそうだ。そして、みかけ20歳くらいで「人生」を終える。実際は3年ほど。  一日で髪の毛がすぐ長くなるので、毎朝切ってやった。  だけど、今はもう落ち着いてきてそんなに一気にはのびない。  今はちょっとボーイッシュな感じにしてある。  3年、か。  ぼくはふと考えた。  たったの3年で何ができる?人間として生きるのなら、何ができる?  人間の人生は60年近い。それのたったの20分の1。  やっぱり、ユウミはただの人形なのだろうか。人間のような人形なんだろうか。  違和感はない。羽根といっても、そんなに大きなものではないので、服の中にしまってしまえば、『天使』であることはわからないと思う。  ぼくはとっても前にファーラが入れてくれたお茶をすすりながら、そんなことを考えていた。もちろんお茶はとっくに冷めてしまっているけども。  テーブルの上に置いてあるクッキーを無造作に手に取って口に放り込む。  ユウミは、ファーラと一緒に庭の手入れをしている。時々ふたりの笑い声なんかが聞こえてきてとっても微笑ましいというかなんていうか。  ユウミはぼくのことを『マスター』と呼ぶ。ぼくやファーラがそう呼ぶようにと教えたわけではないのだが、なぜかそう呼ぶ。普通に『ユウキ』とでも呼んでくれればいいのに。  数日して、ファーラの家に来客があった。  お客は、旅の魔道士だった。黒装束に1本の杖を持っている。杖には大きな丸い宝石がついていた。  この魔道士の名前はケイン。黒髪でそれは肩に届くくらい。とても背が高い。賞金首を狙いつつ、世界を旅しているらしい。  賞金首は、世界中をうまく旅して逃げ隠れしている。それを、小さな情報を頼りに推測し、居場所を突き止める。  もちろん、それを稼業にした人たちのネットワークもあるのだろう。かなりの確率で狙った獲物をしとめているらしい。  彼がここに来たということは、ファーラもその一員なのであろうか。なんて、想像してしまった。 「よろしく」  ケインは右手を差し出したので、ぼくはその手を握った。魔道士なので、ほっそりとした体型をしているのかと思ったが、思った以上にがっしりとした体をしている。ぼくの手なんて比べ物にならないくらい大きな手。腰を見たら、とても大きなロングソードを佩いていた。そして、マントの下には美しい鎧を着ていた。 「……大きな剣ですね」 「自分は自分で守らないといけないからな」  魔法だけでは、足りないということか。 「違うわよ、攻撃魔法は使わないのよ」  ファーラが言った。 「俺はあいにく攻撃魔法を使うには向いていないようでね」 「そうなんですか」  いや、てっきりどんな魔法も使えるのかと思ってしまった。  ここ数日、敵からの襲撃もなく、村も少しづつ活気を取り戻しているように見えた。しかし、すぐに災いはやってきた。 「敵襲だぁ!!」  やぐらの鐘がはげしく鳴らされた。  その時、ぼくらはファーラの家でお客と共に茶をすすっていた。 「……大きいわ。どうしたのかしら」  ファーラは警鐘を聞くと、そう言った。 「前線がこっちに向かってるんじゃないか?」  とケイン。 「かも知れないわね。必要なものだけ持って逃げた方がいいかも知れないわ」  とのファーラの言葉に、ぼくらは必要なものだけど荷造りして家を出た。  村人たちも、大きな荷物をかかえて避難しにかかっていた。 「この村もついに……」 「もうだめかもしれぬ……」  村人たちがささやきあっている。  村中が騒がしくなった。 「今までの経験だと、警鐘が鳴ってから1時間以上してから敵がやってくるわ。でも、急ぎましょう」  荷物はそれなりにはまとまっていたので、数十分後には家を出ることができた。ぼくらはファーラの後に続いた。  ぼくらは、山の中腹にある洞窟に避難した。村人も何人かそこにいた。何箇所かに分かれて避難するようだ。  ファーラは洞窟の入り口で、村の方をじっと見ていた。 「……もうだめね。あれは本気で占領しに来てる」  ファーラはつぶやいた。 「国は何もしてくれないのですか?」  ぼくは問うた。 「こんな小さな村、放置よ。産業もなにもないから、別になくても何ともないのよ。もっとも、ここまでに裂ける兵力はないに等しいでしょうけど」  吐き捨てるような言葉。  他の村人たちもうなずいている。  などと話しているときだった。  じっとおとなしくしていたユウミがいきなり立ち上がった。そして、さっとケインの持っていたロングソードを奪い取って洞窟から飛び出して行った。 「待てっ!ユウミ!」  ぼくの制止も聞かず、山をかけおりて行く。ぼくはあわててユウミの後を追った。  とてつもなく重いはずのロングソードを片手で持って、ものすごい速さで駆けていく。おいつけない。どこまで行くつもりなんだ!  ユウミは山の斜面をかかとをうまく使いながら、するするとかけ降りる。ぼくはそれを倣うわけにもいかなかったので、道をかけるしかなかった。  一体どこへ行こうというのか。気を抜くとユウミを見失いそうだ。信じられないほどすばやい。  ユウミは村へと向かっているようだった。  刹那、村から火の手があがった。  そして、村の中で一番高い建物に旗が立った。敵の旗だ。  歓声が聞こえる。  敵はあっさりとこの村を占領した。  はっ、とわれに返る。ぼくはユウミを追いかけてきたのだ。余計なことを考えている隙に、ぼくはユウミを見失っていた。 「ユウミ!」  燃え上がる村の中に入って、ぼくはユウミを探した。大きな路地ならまだ歩くだけの余裕がある。狭い路地は炎に包まれてしまっている。  熱い。汗が滴り落ちる。  一体どこへ何をしに行ったんだ。ソードを持っていったということは、戦う気なのか?  『天使』は、もともと戦うために作られたというのならば、闘争本能は持っているかもしれない。しかし。  と、その時。剣戟の響きが聞こえた。もしや。  ぼくは音のした方へ走った。  崩れ落ちた家の間をなんとか通り抜けながら、近づいていく。髪の毛にだけは引火しないように、頭をかばいながら先に進む。  十字路で、炎を背景に、ユウミはロングソードを振るっていた。  信じられなかった。  まるで棒を扱うかのごとく、軽々とソードを扱っている。  次々にユウミに挑んでは、なぎ倒されていく兵士たち。  兵士を全て倒すと、ユウミは別の路地へと入っていった。ぼくは後を追った。  その路地は確か、村のはずれへ出る道。ユウミはどこを目指しているんだ?  目の前がぱっと開けた。  そこは、敵の陣営だった。  僕はあわてて、建物の陰に隠れ、そっとそちらをのぞき見た。  陣営といっても、十数個のテントが張られているだけで、無防備ではある。  人気はない。  この程度の村を落とすにはそんなに人数はいらないに違いないだろうけど、まったく誰もいないのか?村に火を放ったということは、掠奪とかしに行ってるとも思えない。  少し自分の心臓の音がうるさく聞こえる。見つかったら、殺される。多分。  しばらく、そこでじっとしていた。  時々大きな音がする。家が炎にのまれて崩れ落ちる音だ。  ふと、陣営の方に目を向けた。  誰か出てくる。  ぼくはこの光景に目を疑うしかなかった。  出てきたのは、全身血まみれのユウミだったからだ。 「ユウミ!」  ユウミはぼくに気付いたのか、こっちを見た。 「マスター……」  ぼくはユウミの側にかけよった。 「大丈夫か?!一体なにがあったんだ?!」 「マスター、全部、倒しちゃった」  ユウミは一瞬、ニコと微笑んだが、その瞬間ぼくに倒れかかった。  全部倒したって、敵をか?このロングソード一本で全て倒したとでもいうのか? 「ユウミ!」  ユウミは、肩で息をしながら、ソードを杖に必死に立ち上がろうとしている。「ユウミ、そこに座って」  ぼくはユウミを地べたに座らせると、自分の衣服を裂いて止血してやった。  ほとんど血は固まりかけているけども、これで少しは違うだろう。  そして、ぼくは、ユウミの血みどろの体を持ち上げて、肩をかしてやった。  固まりかけた血が服にこびりつく。  ぼくらは、ゆっくりとファーラたちの待つ洞窟に向かった。ただ、ロングソードは重くて持てなかったので、そこに放置した。  ユウミに肩を貸しつつ、ぼくは山道を上がっていった。ユウミはとても苦しそうだった。歩くのもつらそうだ。途中でぼくはユウミをお姫様だっこして運んだ。  顔が少しずつ青くなっていくのがわかる。 「ユウミ……」  時々声をかける。 「大丈夫、心配しないで」  とは言うものの、全然大丈夫じゃない!  こういう時はどうしたらいいんだろう……。何もできないのがくやしかった。  ユウミはただ苦しそうだ。痛いとか、苦しいっていう感覚もちゃんと持っているのだろうか。なんて考えてしまうのは不謹慎なんだろうか。  洞窟に戻ると、ファーラが心配そうにしていた。  村人が布をひいてくれたので、その上にユウミを横たえた。ファーラがユウミの体を調べている。 「この子、自力で直るのかしら……」 「うぅむ」  ケインも、ユウミの体を調べ始めた。 「自力で、って……」  ただ心配だった。このままユウミが動かなくなってしまったら、と考えると涙さえ出てきそうになる。まだ数日しか一緒にいないのに。そのくらい、ぼくはユウミに情が行っていた。 「『天使』も人間と同じで、深い傷などは自力では直せないの。詳しい人に診てもらわないといけないかもしれないわ」  そうなのか。  ファーラは続けた。 「だけども、診てくれる人がいるかどうか……。自力で修復できればいいのだけども、無理かもしれないわ」 「そうだな。回復魔法でどうなるものでもないし……」  ケインが相槌を打った。ケインも『天使』については詳しいというか、育てたことがあったりするのだろうか。 「で、村で何があったの?」  ぼくは、村で見たことなどを話した。  村は焼き払われていたこと、多分ユウミが全ての兵士を倒したこと、など。  話を聞いて、ファーラもケインも信じられないというような顔をしていた。  しばらく、ふたりがユウミを診ていた。 「……やっぱり、このままでは停止するかもしれないわ」 「あそこまで行くしかないかな」 「ユウキ、このままではだめだわ。博士のところに行って直してもらわないと全機能が停止するかもしれない。全機能が停止したら元には戻らないわ」 「……じゃぁ、そこに行きます。行き方を教えてください」  ぼくは言った。それ以外にどうしたらいい?このままユウミを放置しておくのか?そんなことできない。 「いえ、私たちも一緒に行くわ。もうこの村もだめでしょうから、また旅に出ることにするわ」  それを聞いてちょっと安心した。一人ではやっぱり不安だったから。  だけども、旅ということは、かなり遠いのだろうか。 「そうね、何もなくても20日くらいはかかると思うわ」  ファーラが言った。  ぼくはぐったりとしたユウミに声をかけた。 「ユウミ……」 「……うん」  小さな声だけども、返事があった。 「大丈夫、かならず元に戻してあげるから。少しの間だけ辛抱していて……ね」 「……うん」  本当に大丈夫なんだろうか、ぼくの方が。  とりあえず、今日は旅に出る支度などをすることにして、明日の朝ここを出発することにした。  ケインはロングソードを取りに村へ行った。  村人も、村に敵がいないことを知ると、洞窟から戻って行った。  ぼくとファーラはユウミをみていた。  その間、ファーラはぼくに『天使』に関することを色々教えてくれた。  『天使』について、ぼくは知らないことが多すぎる。マスターとしてこれではいけないと思ったので、たくさん質問した。  一度全機能が停止したら、元には戻らない。  一部機能の停止であれば、直る可能性はある。  軽い傷であれば、自力で修復することができる。  人よりも強大なパワーを持つ。なので、あの程度の剣であれば簡単に扱えたわけだ。  魔法は使えない。  生殖器はダミーでついているが機能しない。  たまにプログラムが暴走することがある。今日のはそれにあたるのでは、とのこと。  マスターを守ろうとする。  マスターに係る人間を守ろうとする。  その他いろいろ。  そして、翌日の朝、ぼくらはその博士とやらがいるところへと向かった。