超私的駄文系 ショスタコーヴィチ 『モスクワ、チェリョームシキ』 |
さてさて、いつの時代もどこの国でも、“自分の家”というのはある種の夢を人に抱かせるもののようだ。それはたぶん、“家族”というものと同様、“居場所”を意味するものに他ならないからだろうと思う。結婚して自分達の家に住む〜このような夢は今では多様な価値観のひとつに埋没したかに見えるが、それでもなお世代を超えて存在しているのは事実といえよう。当然、それを舞台にした、いわゆるホームドラマというのは、舞台・映画そしてテレビの主要な一ジャンルとなっているし、そこでは、家族間の様々な葛藤や暖かさ、お隣さんとの付き合い(これがまた悩みの種)、旦那の仕事上の問題(現代ではリストラとか?!)とかが、日常の一こま一こまを写し取るように描かれるのが常だ。日本にもそういった類いのものは数え上げればきりがない。ましてコメディ仕立てのものなら、人気を博すのも無理からぬことだろう。どうやら、それは40年近く前のソヴィエトでもそうだったのか、ここにひとつのオペレッタがある。それが『モスクワ−チェリョームシキ』と題されたオペレッタで、後に映画化もされた。そして、その音楽を書いたのが、普段こういうジャンルからは一番遠いと思われている(ふしがある)ショスタコーヴィチだった。いやいや、人間、やればできるもんだ。様々な引用や、時々、ピットの指揮者とステージの上とがやりとりするメタ的手法も用いられ、全曲を通して聴いてみれば、その楽しさにいっぺんに魅せられてしまうこと、うけあいである。
『チェリョームシキ』とは、モスクワの新興住宅地の地区名で、「桜通り」とでも訳そうか。まあ、さしずめ、田園調布か山の手とでもいうところ?八王子じゃ、ちょっと遠すぎる(あ、失礼)。家がなく互いに友人宅に居候しているサーシャとマーシャのブベンツォフ夫妻、生っ粋のモスクワっ子であるセミョンとリードチカのバブロフ親娘、行政担当官のドレベドニョフとその妻ヴァヴァ、ドレベドニョフの運転手セルゲイとその親友で職なしのボリス、ドレベドニョフの腰巾着バラバシキン、など、特定の人物にフォーカスをあてずに群像で描いたこのコメディから、DECCAレーベルのプロデューサー、A.コーナルがR.シャイー指揮のCDに録音するために編んだ組曲(ショスタコーヴィチ夫人の御墨付き)が、今日演奏する演目なのだ(CDは96年発表)。
チェリョームシキ地区では新興住宅地の建設が着々と進んでいる。サーシャとその妻マーシャは自分達の家がないため、お互いのつてにそれぞれ居候という別居生活をなんとかしたいと思い、一緒に住める家を夢見る(第二曲「ワルツ」〜歌では「ダ・スビダーニャ!」が連発だ〜)。一方、ぷうたろうで女日照りのボリスは博物館で見つけた美しいガイドのリードチカに一目惚れ。そこへリードチカの父、セミョンが「なんてこった、アパートを追い出されちまったぞ」と青くなって登場。ところが、彼等は運良くチェリョームシキのアパートに入居できることに!(公団に当ったようなもんか?)セルゲイの運転する車で喜び勇んでモスクワ市街をアチラコチラへとハコ乗り状態の彼等(第一曲「モスクワを疾走」〜個人的には「爆走!莫斯科」としたいが)。ところがやっぱりどこにでもいるのが小悪党。行政担当官のドレベドニョフとその腰巾着バラバシキンはなぜか鍵を渡してくれようとしない。さらに、ドレベドニョフの4番目の若妻(なんて羨ましいやつ!)ヴァヴァは、ボリスのかつての恋人、という恋愛もののお得意パターン。ところでバブロフ親娘は何故かドアからではなくバルコニーから入ることに。どうやら「間取りがなんか違〜う!」。そう、ドレベドニョフはバブロフ家との壁をぶち抜いて、自分の家の間取りを倍にしようとしていたのだった!そのあと場面は、無事入居のサーシャとマーシャ夫妻と隣人達の楽し気な集まりや、リードチカに近付きたいボリスの場面となる(第三曲「ポルカ−ギャロップ」がいくつかの場面の寄せ集めで作られている)。さて、セルゲイとその彼女リューシャは皆の先頭にたってドレベドニョフとバラバシキンの悪巧みに立ち向かう「可哀想なリードチカ、独りぼっちで…」「何云ってるの、彼女の友達なら、ほらここの皆よ!」。一方、リードチカにぞっこんのボリスは「ほら、今の君には僕が必要なのさ!」(第四曲「バレエ」)。そして、カギを得るためにかつての恋人ヴァヴァに近付いて、ドレベドニョフと離婚させるべく画策する。リューシャに先導された住民達は美しい魔法の庭園をつくりあげ、最後にはバブロフ親娘は家の鍵を手にする。一時はヴァヴァとの仲を疑いボリスのことが信用できなかったリードチカもようやく自分の心に気がつく。そして全員の合唱でメデタシメデタシ
「桜の花咲き舞うチェリョームシキ!そこに住むみんなの夢がかなう場所!」
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