D.ショスタコーヴィチ 
バレエ組曲『黄金時代』作品22a


 バレエ音楽『黄金時代』が作曲されたのは、1930年(作曲者23歳)、ロシアの地に人類史上初の社会主義国家が出現して13年後のことである。とにかく、社会主義がいかに理想的な体制かを国の内外に積極的にPRしていた頃で、やがてスターリンの恐怖政治を迎えようとしていた過渡期である。
 スポーツ、とりわけサッカーが盛んになった当時、レニングラードの国立アカデミー劇場は、“ソ連国民の健康的な文化生活”をテーマにしたバレエの台本を公募し、その入選作品への作曲をショスタコーヴィチに依頼した。そうして書かれたのが、バレエ音楽『黄金時代』である。ただ、私の手元にある資料を読む限り、この台本のどこに芸術的な価値があるのか、私には全く理解できない。最近の北朝鮮に関する報道でよく見られるが、自国の体制を賛美し、他の思想を排斥することが良しとされるように、当時のソ連でも、社会主義下に生活する人々がいかに健全で善人であるかをPRすればするほど、高い報奨と地位を得られたのだろうか。『黄金時代』の少し後に書かれたバレエ音楽『ボルト』のストーリーもコテコテの体制賛美だったが、この『黄金時代』は、プロレタリア(労働者)vsブルジョア(資本家)を完全に善vs悪の構図で捉えている。(なお、『ボルト』についてお知りになりたい方は、弊団第6回定期演奏会のパンフレットをお買い求め下さい。本日、大ホール2階ホワイエにて、たったの 100円で発売しております。組曲をお聴きになりたい方にはCDもございます。)
 ストーリーを要約すると、「某資本主義国の都市で開催されている工業博覧会、「黄金時代」に訪れたソ連のサッカーチームは、各国のブルジョアたち(台本では、ブルジョアはことごとく「ファシスト」とされている)の卑劣な策略に遭いながらも、スポーツマンシップに則り、正々堂々と闘い、堕落したブルジョアを懲らしめる」と1文で網羅できてしまうくらい無内容。それでいて全3幕、上演時間2時間半の堂々大型バレエだ。

 後に書かれる『ボルト』と同様、『黄金時代』の台本にもショスタコーヴィチは魅力を感じていなかったようだが、『ボルト』の場合と異なるのは、バレエ音楽からコンサート用の組曲を編んだのは作曲者自身で、しかも、全曲の劇場初演に先立って編集、初演されたという点である。第三者が編んだ『ボルト』の組曲が全曲からのハイライト版のような編集になっているのに対し、本日演奏する『黄金時代』の組曲は、聴き所のピックアップというよりも、「速い−遅い−軽妙−速い」という4楽章形式の小交響曲のようになっている。全曲を聴いてみれば、他にもっとアヴァンギャルドで刺激的な舞曲がたくさんあるのだが、『黄金時代』のために書かれた音楽の真価はもっと深いところにあるということを示したかったのだろうか。

 下記の各曲に『 』で記したのは組曲中でのタイトルで、( )で添えたのは、全曲の中でのタイトルである。


 第1曲『序曲』(序曲−博覧会の優待客の入場):

 全曲版では、曲の前半部分が舞台上の幕前の「序曲」で、ワルツになってからの後半部分が「博覧会の優待客の入場」。いきなり何かワクワクさせるような木管の楽想で開始され、見物客やアトラクションの主催者たちで賑わう博覧会場の活気を、ワルツやマーチの目まぐるしい転換で表現している。映画館の伴奏ピアニストとして生計を立てていた若きショスタコーヴィチのお得意の手法である。

 第2曲『アダージョ』(ジーヴァの舞):
 ジーヴァとは、商業主義に毒された女性ダンサーで、その“女の魅力”で周りの男どもを…。この曲は、ジーヴァが、ダンスホールに訪れたソ連のサッカーチームのキャプテンを誘惑しようと踊るエロティックな舞で、単に美しいだけでなく、妖艶で官能的な、まさに“フェロモン系”音楽である。なお、健全なソ連のキャプテンは、もちろん誘惑には動じず、以後、ブルジョアたちからあの手この手で嫌がらせを受ける。
 ちなみに、驚くべきはショスタコーヴィチの“おませぶり”である。酒の苦さも女の涙も全て知り尽くした熟練作曲家の“フェロモン系”ならともかく、弱冠23歳でいきなり団 鬼六(…はちょっと路線がちがうかな)。オーケストラには珍しいソプラノ・サックスやバリトン・チューバに息の長いソロを受け持たせて、女性の官能美を余すところなく表現するというそのテクニック…、○ロ本もアダ○トビデオもない当時、一体どこで覚えたんだ! ショスタコーヴィチがどうやってませたかについては、専門家の研究を待ちたい。

 第3曲『ポルカ』(かつて、ジュネーヴで):
 当時流行のいろんなステップのダンスが踊られるダンスホールの場面の中の一曲。「ジュネーヴ」とは、対ソ連を視野に入れた1920年のジュネーヴ軍縮会議のことで、それを皮肉った踊り。「間違った音によるポルカ」との異名を持つとおり、木琴のソロをはじめ、常に調子っぱずれの音が混じっていて、唯一まともな音階でできたトランペットとチューバのメロディーもかえって滑稽に聞こえる。ダスビ関係者の結婚式等、単独でも比較的よく演奏される名曲である。

 第4曲『踊り』(ソヴィエト人の踊り):
 第2曲のジーヴァのエロティックで不健全な舞に対抗して踊られる、ソ連チームの選手たちによる健全で明るい踊り。ハーモニウム(小学校の音楽室によくあるような、いわゆる“足踏みオルガン”のようなもの)の伴奏に導かれて、元気一杯の音楽が駆け抜ける。
(by 不健全なトランペット奏者)


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